2018年2月25日 (日)

IRIB ベリカード (4)

IRIBイラン・イスラム共和国・国際放送ラジオ日本語」を聴いた、ベリカード(その4)です。

 

 (2013) イスファハン(エスファハーン) の「チェヘル・ソトゥーン宮殿の写真」で、1647年にアッバース2世が建てた宮殿です.

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チェヘル・ソトゥーンとは、40本の柱の意味で、左右2列に3本ずつ、中央2列は4本ずつで実際は計20本ですが、正面の池に柱の像が映るので、40本の柱なんだそうです。

 

 シラーズにある、紀元前5世紀のアケメネス朝で栄華を誇った、「ペルセポリスの遺跡の写真」です。

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 (2014)  テヘラン近くのカャシャーンにある、「タバタバ邸宅」です。かつての、大富豪の家なのでしょう。

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 IRIBラジオ日本語では、ベリカードは、5日分の受信レポートにつき1枚の割合で、発行されています。(初レポートの場合は、受信1日でNo.1のカード)

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また、レポートした日数に応じて、「名誉証書」を発行してくれます。

 

まず、No.10の後の1年以内に25日分のレポートを出すと「3級」(Certificate of Merit)50日分は「2級」(Certificate of Appreciation)100日分は「1級」(Certificate of Recognition)が、送られる制度になっています。最短で1級まで達成するには、連続146日間受信すれば良いことになります。

(画像は2級です)

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2018年2月24日 (土)

IRIB ベリカード (3)


IRIBラジオ日本語」を聴いた、ベリカード(その3)です。

 

 (2011)  イラン中西部のハメダン市にある、11世紀の詩人「ババ・ターヘル・オリアンの霊廟」の写真です。

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オリアンとは裸のという意味で、愛称だそうです。逸話では、町の人々が彼をからかおうとして、寒い冬の日に凍った噴水の冷水に浮かぶと、将来詩人になれると話しました。それを聞いた彼は、服を脱いで本当に冷水に浮かんだので、皆が大笑いし、バカ呼ばわりしましたが、それがきっかけとなり、本当の詩人になったという話です。

 

「足を広げた大蜘蛛」と評される建物は、中央塔を囲んで12本の外部柱から成り、1970年に再建されたのだそうです。

 

首都テヘランにある、「ボルジェ・ミーラード(ミラード・タワー)の写真」です。

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 2007年に完成した高さ435 mのタワーで、電波塔のほか、国際貿易センター、コンベンションセンターなどが設けられているようです。



(2012)  イラン北部のアルデビリにあるサファヴィ朝の祖で、イスラム神秘主義サファヴィ教団の始祖でもある、「シェイク・サフィ・ウッディンの聖廟の写真」です。

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北東部ラザヴィー・ホラーサーン州の州都マシュハドにある、12イマーム派の第8代目最高指導者、「イマーム・リダー(アリー・アッ=リダー)の霊廟」で、今も多くの巡礼者が訪れる場所となっています。

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もう1枚は、イスファハンの、ザーヤンデ川に架かる、「ハージュー橋の夜景」です。

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夜になると灯りがともり、川面にその姿が浮かび上がり、美しい光景になっています。

 

 

2018年2月23日 (金)

IRIB ベリカード (2)

IRIBラジオ日本語」を聴いた、ベリカード(その2)です。

 

 日本語番組は、200710月から1時間に拡大されました。



(2009)    美しいタイル細工を持つ建物の、イスファハンの「チャハールバーグ神学校」の内部です。

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 4つの庭園を意味する、チャハールバーグ通りにあり、完成したのは1714年ということです。

 

イラン南西部の都市・シラーズにある、14世紀の詩人、「ハーフェズ・シーラーズィーの霊廟」の夜景です。

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彼の名前は、「ハージャ・シャムスッディーン・ムハンマド・イブン・バハーウッディーン・ハーフィズィ・シーラーズィー」といい、通称ハーフェズ(ハーフィズ) として知られた、国民的詩人だそうです。

 

イランの南東部・ケルマーンのバムにある、「古代の要塞都市アルゲ・バムの遺跡」です。

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世界最大の日干しレンガ建築群で、紀元前から約2千年にもわたって住まれてきたようですが、今は完全な廃墟となり、さらに2003年の地震で、遺跡の80%以上が崩壊されたようです。ユネスコの文化遺産にもなっています。

 

 (2010)   イスファハンの「マスジド・イマーム・モスク」です。

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イマーム広場に面し、サファヴィー朝のイスラム建築を代表する、壮大で華麗な建物で、1630年に完成したそうです。

 

シラーズにある、「ナシール・アルムルク・モスクの内部の写真」です。

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1888年の創建で、内部にピンク色のタイルを使い、 ステンドグラスを通して入る虹のような光でモスクを幻想的な世界にしていて、ピンクモスクと呼ばれているようです。

 

 

 

 

2018年2月22日 (木)

IRIB ベリカード (1)

テヘランからの、IRIBIslamic Republic of Iran Broadcasting(イラン・イスラム共和国・国際放送ラジオ日本語)を聴いていただいた、ベリカード(その1)です。

 

 1999721日から日本語放送が開始されたようですが、当初は、あまり受信状態が良くなかったように思います。夜10時から30分番組で、金曜日を除く隔日週3回の生放送とその翌日は再放送でした。

 

さっそく、受信レポートを2-3回送ったのですが、返信がありませんでした。レポートは届いているようで、HPにはお便りを出した人の名前として載っていましたが、十分な返信体制がまだ出来ていないようでした。その年の末には、毎日生放送になったようでした。

 

 (2000) テヘランから南へ約260kmの古都・カシャンにある、「カンチェ・イ・ボルジェッディという、豪族の邸宅の写真」です。

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 (2002) ライトアップで浮かび上がる、イスファハンの、「ハージュー橋の夜景」です。

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ザーヤンデ川に架かる石造橋は、サファビー朝のアッバース2世によって1666年に完成した2層構造の橋で、長さは133m。中央2階部分にシャー(王)と家族が避暑の宴を開いたバルコニーがあるそうです。

 

もう1枚は、イスラムのモスクのタイル模様で、イスファハンの、「マスジェデ・シェイフ・ロトフォッラー寺院の内部」です。

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ドーム天井には、彩色タイルを用いた繊細なモザイクが施されていて、17世紀前半、アッバース1世により、レバノンの聖職者シェイフ・ロトフォッラーを迎えるために建造されたということです。

 

イスファハンの風景で、「アリー・カプー宮殿の前をいく、乗合馬車」です。

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アリー・カプーとは、「アリーの扉」という意味だそうで、15世紀に建てられたイラン最古の高層建築だそうです。これは、大型のベリカードになっています。

 

イランは、第4代正統カリフ(共同体指導者)のアリーを、イマーム(宗教的、政治的指導者)として信じている、イスラム・シーア派の人々が多数を占める国です。

 

 

2018年2月21日 (水)

Vatican Radio  ベリカード (6)

Radio Vatican」からの、ベリカード(その6)です。

 

 (2000) ちょうど2千年紀の最後の年(大聖年)にあたっていて、「ミレニアム」といわれました。この年に、80歳の誕生日を迎えられた、「ヨハネ・パウロⅡ世の写真」です。

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教皇のしるしであるミトラ(司教帽)をかぶり、十字架にかけられているキリスト像の装飾がある杖を持たれています。

 

ミレニアムにちなむカードで、「花を差し出した少女に、声をかける教皇」です。

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写真の雰囲気からは、訪問した東欧の国で撮られた感じで、出身のポーランドなのかもしれません。

 

何かの集会の場面で、「各国の若者と歩く、教皇の写真」です。たぶん、教皇が1984年に提唱して始まった、青年カトリック信者の集会である、「ワールド・ユース・デー」の様子でしょう。

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 (2001) 高い山の中腹で、「岩に腰をかけて休まれている教皇の写真」です。ヨハネ・パウロⅡ世は、200542日に死去されるまで、その職を全うされました。

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そして、バチカンからの日本語による短波放送は、この年、2001325日で廃止となりました。

 

 (2013) 日本語放送が廃止されてからは、バチカン放送を聴かなくなったのですが、この年に、新教皇が決定されるコンクラーベがある、ということで、フィリピン中継のインド向け英語放送を聴きました。新しく、フランシスコ教皇が選ばれました。

 

「放送スタジオの様子」の写真になっています。

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2018年2月20日 (火)

Vatican Radio  ベリカード(5)

Radio Vatican」からの、ベリカード(その5)です。

 

 (1995) 遠くに見えるサンピエトロ大聖堂と、手前のピオ宮殿? の屋上に設けられた、「衛星放送受信用アンテナ」のようです。

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 (1996) バチカン放送局の屋上に設置された、「放送衛星送信用パラボラアンテナ」のようです。

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 (1997) サンピエトロ大聖堂を正面に見る、「コンチリアツィオーネ通りと、右側にあるピオ宮殿」です。ここでも、バチカン放送の番組が作られているようです。

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 (1998) 「サンタ・マリア・ディ・ガレリア送信所の部屋からの写真」です。窓から見える短波アンテナ群と、手前は、放送ターゲットになっている地図を出力しているプロッター装置のようです。

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 (1999) 「送信所のアンテナなどの、配置がわかる写真」です。

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古い写真が使われているカードです。

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放送開始日の1931212日に撮られた写真です。当時の法皇ピオ11世と、次期法皇のピオ12世、その2人の間に、無線通信を発展させたグリエルモ・マルコーニが、初代技術責任者として写っています。

 

 

 

 

2018年2月19日 (月)

Vatican Radio  ベリカード (4)

Radio Vatican」を聴いていただいた、ベリカード(その4)です。

 

  (1991) 頭のてっぺんだけを覆う、「ズケットを被った、ヨハネ・パウロ2世」で、サンピエトロ広場に集まった人々に向けて、一般謁見演説をしているところのようです。

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ところで、このカードの写真が、いつ撮られたのかが、気になりました。1983年の教皇たちの似顔絵に使われていることから、その頃には、すでに撮影されていたことになります。

 

 (1992) 「アンテナ塔と、アンテナ向けの架空線(給電線)」と思われます。

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 (1993)    これも、「アンテナ向け架空線と、4基のアンテナ塔」のシンメトリーな写真です。

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 (1994) バチカン放送開始60周年にあたって、1991615日に「教皇ヨハネ・パウロⅡ世が送信所を訪問した時の様子」です。

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これを見ると、上空に束ねられて設置されている電線は、それほど高くない位置に張られているように見えます。

 

一見しても、何かよくわからない写真ですが、「サンタ・マリア・ディ・ガレリア送信所内の、500kw送信機のコントロールパネルの写真」です。

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床に置かれた機器パネル画面に、白色の明るい、六角形をした天窓の形が写り込んでいます。

 

 

 

 

 

 

2018年2月18日 (日)

Vatican Radio  ベリカード(3)

Radio Vatican」を聴いていただいた、ベリカード(その3)です。

 

 (1987) 「教皇ヨハネ・パウロ2世が、赤じゅうたんの敷かれた飛行機のタラップを上がっているところ」です。

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飛行機の搭乗口から見下ろすという、ものすごいアングルから撮影していて、バチカン政府関係者でないと、なかなかこうした場所に立って撮影することは出来ませんね。

 

写真説明がないので、撮影された場所がどこなのかが気になりました。取材している報道関係者の容姿からすると、一瞬日本かとも思いましたが、よく見ると違うようです。どうやら、1984年に教皇が韓国を訪問し、帰国する時の写真のようです。金浦空港で赤じゅうたんの真ん中に立ち、国賓待遇の教皇を見送るのは、当時の全斗煥大統領でしょう。(ラジオ韓国でも、教皇訪問の記念ベリが発行されました)

 

もう1枚は、教皇の訪問先で活動する「バチカン放送スタッフの様子」です。

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壁にインドの地図が貼られていますので、1986年のインド訪問の時のではないでしょうか。

 

教皇ヨハネ・パウロ2世は、2005年に亡くなられましたが、1981年にローマ教皇として初の来日をしたほか、世界100カ国以上を訪問したので、「空飛ぶ教皇」と呼ばれたそうです。

 

 (1988) バチカンらしく、アンテナマストが十字架形に造られているのがあり、「クリスマスシーズンには赤く点灯」されて、浮かび上がるようになっています。夜7時半からの17865kHzを聴いてものです。

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 (1989) 「巨大な回転式アンテナの写真」です。下部の鉄骨の組み立て方が、橋脚の構造のようになっています。

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「大天使ガブリエルの像と、十字架形のマスト」です。

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キリストの降誕については、ガブリエルが聖母マリアに「喜びなさい」とお告げをしたといわれることから、「神のメッセンジャー」という役割を担うことが多いらしく、バチカン放送のシンボルキャラクターとして、ベリカードやステッカーに登場しています。

 

(1990) 「スタジオからの、電波を受けるパラボラアンテナ」で、どうやら、十字架形マストに設置されているようです。

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2018年2月17日 (土)

Vatican Radio  ベリカード (2)

Radio Vatican」を聴いていただいた、ベリカード(その2)です。

 

 (1982)  「教皇のヨハネ・パウロ2世と紋章」が描かれています。1981年に、バチカン放送が「放送開始50周年」を迎えたのを記念して、発行されたものです。

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 (1983)  「歴代の教皇たちが、マイクに向かっている似顔絵」のカードです。絵に関する説明文はありませんが、これもRV50周年にちなむものでしょう。

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一番左の教皇の前には、初期のマイクが描かれていますので、1931年の放送開始時期のピオ(ピウス)11世で、その次の後ろの人物は、RV初代技術責任者のG・マルコーニでしょう。左を向いているのは、ヨハネ・パウロ2世。そして、その間の4人の教皇、ヨハネ23世、パウロ6世、ヨハネ・パウロ1世、ピオ12世が描かれ、右端は、送信所のアンテナ群になっています。

 

 (1984) 「サンタ・マリア・ディ・ガレリア送信所に立ち並ぶ、アンテナ群の写真」です。

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中央にあるのが、500kw送信機につながれた回転式短波カーテンアンテナのようです。

 

「日本語放送開始25周年記念」のカードです。教皇の椅子に座るヨハネ・パウロ2世、送信所の技術者、日本語スタッフ6人の写真(右から3人目が石野澪子課長、1人おいて、和田誠神父(わかっている方だけ)です) になっています。

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カード表面には、日本語放送記念にちなんで、いつも書かれている「GRACIAS」の代わりに、「ARIGATO」の文字が「THANK YOU」「MERCI」の次に入っています。

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 (1985) 手前の輪が付いている電線は、「中波用のアンテナ線」という説明です。この写真を見ると、送信所の敷地は、畑や草原? が広がっています。

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2018年2月16日 (金)

Radio Vatican  ベリカード (1)

カトリックの総本山・バチカン市国からの、「Radio Vatican(バチカン放送)を聴いていただいた、ベリカード(その1)です。

 

 (1968)  庭園から見た、「バチカン放送の局舎」の写真です。

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番組は、「(ラテン語)ラウデツール、イエス、キリストス。イエス・キリストは、たたえられますように」の言葉で始まりました。この頃の日本語放送は、朝645分からの15分間で、火・木・土の週3回だったように記憶しています。

 

 11705kHzを聴いたカードで、受信状態はヨーロッパからとしてはまあまあ聴こえていた方で、聖パウロ女子修道会のシスター・石野澪子さんが担当されていて、法皇の言葉やバチカンでの出来事、聖書の話を伝えていました。

 

 (1969)  バチカン市国は、世界一小さい国といわれ、「左手前が局舎で、中央奥がサンピエトロ大聖堂」です。これは、9670kHzの受信でした。

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 (1971) 「サンタ・マリア・ディ・ガレリア送信所」の写真です。

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バチカン放送の送信所は、ローマから北西約18kmの郊外にあって、自国より10倍広い面積を有し、1957年にアンテナ塔が完成してからは、ここから電波の送信を行っていました。

 

「バチカン(ウァティカヌス)の丘に建つ、局舎全景」の写真です。

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「コントロールルームの写真」です。局内にある昔からの部屋なのか、送信所内の部屋なのか、場所がどこかは書かれていないのでわかりません。

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教皇「パウロ6世」のカードで、ミトラを被り、教皇の椅子に座って話されている白黒写真です。

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 (1974) 赤い花を咲かせているキョウチクトウや、ソテツなどが植えられている、「局舎前の庭園と局舎」です。

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