2017年12月14日 (木)

ORF(Österreichischer Rundfunk)ベリカード (1) 

ORFÖsterreichischer Rundfunk(オーストリア放送協会)の英語放送を聴いていただいた、ベリカード(その1)です。

 

 ORFは、番組開始前のインターバル・シグナルに、ヨハン・シュトラウス(2)作曲のワルツの名曲、「美しく青きドナウ」が使われていて、同局だとすぐわかるようになっていました。

 

 (1983)  オーストリア北東部・ニーダーエースターライヒ州での「巨大な木製ブドウ絞り機の写真」が使われています。

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ブドウ収穫期になると、村の人々が総出で作業にあたったのでしょう。州内をドナウ川が流れていて、ワインの特産地だということで、後ろの山の斜面もブドウ畑になっています。

 

表面です。書かれているサインが面白く、ペンの試し書き時に書くような署名です。

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細長いカードは、ペラっとした薄い光沢紙が使われ、左下部分に、住所、氏名などがタイプされ、窓あき封筒に入れられて、番組表などと一緒に送られてきました。

 

ウィーンの南に位置する、「モースブルン(Moosbrunn)送信所の夕日の写真」です。局名は、4カ国語表示になっています。

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 (1984)  ヴォルフガング・フッターという画家による、「Loversというイラスト」です。画家で、版画家で、劇場デザイナーらしく、おとぎ話のような空想的な場面を表現するのが得意、とのことです。

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 (1985) オーストリア西部・フォアアールベルク州の「尖った岩山の写真」です。

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場所は、コンスタンス湖(ボーデン湖)の近くのようです。アルプス山脈の絶景が楽しめ、冬はスキーリゾートとして、有名な場所だそうです。

 

 

 

 

2017年12月13日 (水)

Radio Veritas Asia ベリカード (5)

Radio Veritas Asia」からいただいた、ベリカード(その5) です。

 

 (1991)   ルソン島中部の、「パラウイグにあるRVA送信所の写真」です。

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ケソン市のスタジオとは、マイクロウェーブで結ばれていて、2台の250kwの送信機があるようです。

 

もう1枚は、日本に関係がある、フィリピン人の「サン()・ロレンツォ・ルイスの姿」が描かれた、カードです。

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ルイスは、中国人の父とフィリピン人の母の間に1600年頃に生まれました。マニラにある教会事務員となり、日本へ布教に行くドミニコ会の宣教師らと一緒に、1636年に琉球に到着しました。

 

しかし、徳川幕府がキリスト教を禁止していたため、彼らは捕らえられて、長崎へ移されました。そこで、拷問を受けながらも棄教しなかったため、最後は穴に逆さに吊るされて、1637年に殉教しました。

 

 163337年にかけて幕府により殺害された日本人を含む、「日本十六聖人」の中の1人となり、カトリック教会は、1987年に、彼をフィリピンにおける初の聖者に認定しました。

 

 1991121日に、日本語放送開始15周年を迎えたので、記念のサンキューカードです。

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これまでにいただいた、6周年と、14周年記念のカードです。

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 RVA日本語放送は、現地の日本人スタッフが取材した話題も多く放送されていましたが、1992630日で終了してしまいました。

 

 (2011) 日本語放送終了後のカードで、「宇宙から見た地球に、RVAの放送で使用している、東南アジアの15言語名」が書かれています。

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2017年12月12日 (火)

Radio Veritas Asia ベリカード (4)

Radio Veritas Asia」からいただいた、ベリカード(その4) です。

 

 (1988) 日本語放送サービスの、「ハトのマスコット」が描かれています。一見すると、ちょっと、サンタっぽい姿です。

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 (1989) 18世紀ごろの、「ビルマの王宮用牛車と、乗っている女性のイラスト」です。

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 (1990) フィリピン中部・ビサヤ諸島のパナイ島で開催される、「アティアティハン(Ati-Atihan)祭の様子」です。

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 13世紀に、インドネシアのボルネオ島民がパナイ島に移住してきたため、元々住んでいたアティ族(ネグリト族)が山地に追われ、その後、飢餓のために低地住民に食料を分けてもらった際に、歌と踊りで感謝した、というのが祭の起源とされています。

 

今では、収穫と、幼きイエス(サントニーニョ)の像を祝って、カラフルな衣装を着て、3日間にわたり踊り練り歩く祭となったそうです。

 

 (1991)    1986年のカードと同じ、「ピープル・パワー革命の写真」です。写真の刷色が、青色になっています。

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2017年12月11日 (月)

Radio Veritas Asia ベリカード (3)

Radio Veritas Asia」からいただいた、ベリカード(その3) です。

 

 (1985)  16世紀後半、太平洋を航海してきた、「ガレオン帆船が港に着いた様子を想像したイラスト」です。それぞれの船には、長い航海の安全を願って、カトリックの聖母マリア像が、守護神として乗せられていたようです。

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フィリピンは、スペインの植民地になりましたので、同じスペイン領のアカプルコ(メキシコ)とマニラをつなぐガレオン船による貿易が、約250年間続いたそうです。

 

 (1986) 庶民の足となっている、乗合タクシーの、「ジプニーの写真」です。

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米軍払下げのジープを改造して造られたのが始まりだそうで、派手な外装のデコレーションが特徴です。

 

 RVAの局マークが、アンテナとキリスト像に変わりました。

 

ところで、この1986年には、フィリビンの政治体制が大きく変わる動きがありました。マルコス大統領の独裁支配に反対し、亡命先のアメリカで反マルコス活動を続けていたベニグノ・アキノ氏が、大統領選候補のために帰国しましたが、マニラ国際空港に到着したとたんに、暗殺されるという事件が起きました。

 

これにより、フィリピン全土で反マルコスデモが頻発して、政情が不安となり、夫の遺志を継いだ、コラソン・アキノ氏が大統領選に立候補。その結果を、不正にマルコス側が開票操作をするなどしたため、さらに、多くの人々が反発することになりました。

 

大きな影響力を持つカトリック教会が、アキノ氏支持を表明。とくに、カトリック系放送局のRVAが、その影響力を発揮し、マニラでは100万人以上が民主化を求め、エドゥサ大通りを埋めつくしたといわれています。

 

その結果、マルコス大統領が追放され、アキノ大統領による政権が誕生することになりました。

 

もう1枚は、「ピープル・パワー革命」(エドゥサ革命、2月革命とも)と言われ、「デモをする人々の写真」が使われています。そのシンボルカラーは黄色なので、黄色のカードです。

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 (1987) RVA局舎と、勝利してよろこぶ人々のイラスト」で、その中心的役割を果たした、「ハイメ・シン枢機卿の写真」が入っています。

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あわせて、象徴的に描かれている、空を飛んでいるヘリコプターには、マラカニアン宮殿から脱出したマルコス元大統領が乗っていることになっている、のでしょう。

 

 

 

 

 

 

2017年12月10日 (日)

Radio Veritas Asia ベリカード (2)

Radio Veritas Asia ベリカード (2)

 

Radio Veritas Asia」からいただいた、ベリカード(その2) です。

 

 (1983)  タイのお祭り、「ロイクラトン祭のイラスト」です。

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このお祭りは、灯籠(クラトン)を 川(ロイ)に流す、「灯籠流し」のことで、旧暦12月の満月の夜に開催されるそうです。

 

 RVAは、アジアの代表的な祭を、ベリ題材に採り上げています。日本の代表的なお祭り、「京都・祇園祭のイラスト」もあります。

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山鉾巡行で先頭を行く、「長刀鉾の辻回しの様子」です。山鉾正面に乗る頭飾りをつけた稚児は1人ですが、3人描かれているのは、華やかにしようと考えた外国人イラストレーターの仕業でしょう。

 

「ラジオ・ベリタス局舎のイラスト」です。空には、東南アジアの国々やインド洋の地図が、描かれています。

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 (1984)  1521年に、マゼランがフィリピンに上陸し、セブ島で行ったとされる、「キリスト教伝道の様子のイメージをイラスト」にしたものです。この出来事が、フィリピンへのカトリック宣教の第一歩となりました。

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ところで、1984年頃のカードから、局名の後に「アジア」が付くようになりました。その理由は何だったのでしょうか。想像ですが、アジアから放送していることを強調したかったのかなと思ったり、Radio Veritasを略すとRVとなって、同じカトリック局のラジオ・バチカンと紛らわしくなるからなのか、と思ったりしましたが、本当のところは知りません。

 

 (1985) RVA局舎の写真」になっています。

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ベリではありませんが、もう少し、近づいた場所からの、RVA局舎の写真があります。

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2017年12月 9日 (土)

Radio Veritas (Asia) ベリカード (1)

Radio Veritas Asia(ラジオ・ベリタス・アジア) は、フィリピン・ケソン市にある、カトリック系の宗教放送局です。RVAからいただいた、ベリカード(その1) です。

 

 

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の前身は、ケソン市のセント・トマス大学ラジオ局で、1961年に放送を開始し、名称を変えながら、19694月に国際放送に進出したようです。 Veritas とは、ラテン語で「真理」を意味します。神の真理を伝える、ということから名付けられたのでしょう。

 

 

 (1970)  日本向けの英語テスト放送を聴いたもので、シンプルな「局マーク入りのカード」です。この頃の局名は、「Radio Veritas・ラジオ・ベリタス」でした。

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カードを見て驚いたのは、日本語が書かれていたことで、技術責任者のJ.S.トレスさんは、簡単な日本語が出来るようです。(想像ですが、太平洋戦争中、フィリピンを占領した日本軍が、学校で子供たちに日本語を学ばせていたことによるものでしょうか)

 

「ありがと」の次は、「どーも、ありがと」でした。

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日本語番組は、1976年12月から朝晩2回の放送が始まったそうで、フィリピンに住んでいる日本人宣教師スタッフが制作にかかわり、政治情勢や生活情報なども取材して放送するという方式を、取っていたようです。

 

 (1982)  毎年10月末~11月中旬に行われる、「光の祭典」と呼ばれるヒンドゥー教の祭、「ディーパヴァリーを描いたイラスト」の横長カードです。

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インド系の人々が多い、シンガポールやマレーシアで盛んな行事だそうで、日没後に行われるきらびやかなイルミネーションや、家々のライトアップで知られています。

 

 ヒンドゥー神話では、魔神ヒラニヤークシャと母なる大地ブーミに、ナラカースラ(ナラカ)という息子がいて、彼には悪魔の性質がありました。3つの世界を支配し、多くの人々を苦しめていた邪悪な彼を見て、クリシュナ(ヴィシュヌ神の化身)が戦いを挑み、勝利しました。彼が死んだ日を、ディーパヴァリー(の列の意味)として、闇に輝ける光は、悪に対する善の勝利として祝われるようになったと言われています。余談ですが、悪魔名のナラカは、地獄を意味する奈落(ならく)の語源になったそうです。

 

 RVAは、キリスト教放送局なのに、他宗教に起源がある行事をカードに取り上げているのは、ユニークだと思ってしまいました。

 

これも、道教のお祭り、「九皇帝祭のイラスト」です。

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道教では、病気をいやし、幸運・長寿をもたらすとされる九皇帝が、旧暦の99日に天から地上に訪れるといわれ、それをお祝いする(九皇帝派の)お祭りのようです。

 

 同じ年にいただいたもう1枚は、世界3大夕日の一つと言われる、「マニラの夕日の写真」で、ヤシの木の下でのカップルがシルエットになっている、絵ハガキを利用したカードでした。

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2017年12月 8日 (金)

Radio Kiev (Ukraine) ベリカード (3)

ウクライナから放送していた、「Radio Kiev(ラジオ・キエフ)のベリカード(その3)です。

 

 (1990) 「どこかの建物と記念碑」の横長のカードです。

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あまり手入れがされていないようで、正面通路に草が生えています。右の写真は、何かの記念碑のようで、花輪などが飾られていますので、戦没者? を追悼する碑なのかも知れません。

 

 (1991) 「局のマークと格子柄文様」になっています。

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ソ連邦の崩壊に伴い、この年の824日に、「ウクライナ」として独立しました。

 

 (1992) 「サボワ橋のたもとの本屋という題の絵画」です。アポリナリー・ミハイロヴィチ・ヴァスネツォフという画家が描いた水彩画です。

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彼は、1900年からペテルブルク帝国美術アカデミーに奉職し、ロシア美術家連盟の創設に尽力した画家のようです。

 

 (1993) 「民族衣装を着た女性の絵」です。

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昔のウクライナでは、髪型、帽子、頭の花飾りなどで、お金持ちかどうか、どこの地方出身か、結婚か未婚かなどが判断できたそうです。未婚女性は花飾り、既婚女性はスカーフで髪を隠すのが、一般的だったようです。

 

 (1994) 「さまざまな民族衣装を着た男性、着飾った女性の絵」が使われています。二つ折りのメッセージカードを使ったもので、中面は、何が書いてあるのかわかりません。

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いつ頃から、「ラジオ・キエフ」が「ラジオ・ウクライナ」と言うようになったのか、はっきりわかりませんが、このカードは、「ラジオ・ウクライナ」の局名表記になっていました。

 

その後は、「ラジオ・ウクライナ・インターナショナル」に、変わったように思いますが、聴いたことがありません。

 

 

 

 

2017年12月 7日 (木)

Radio Kiev ベリカード (2)

ソ連邦時代のウクライナ共和国から放送していた、「Radio Kiev(ラジオ・キエフ)のベリカード(その2)です。

 

 (1986) 中部に位置する街、「カニフにある映画館」で、横長のカードです。

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 (1987) 「マフラーのような織物製品」が、採り上げられています。

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「ガラス工芸品の水差し」です。

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同じく、「ヤギをかたどったガラス工芸品」で、飾り物のようです。

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この3枚、いずれも北西部の都市・リヴィウ(別名レンベルク、ルヴフ、リヴォフとも)にある工場で作られた工芸製品、という説明です。これらは、普通カードの2倍の大きさです。

 

この都市が、いくつかの地名で呼ばれるのは、各時代により、その言語圏の国家によって支配されたことがあるからで、第2次世界大戦後は、ソ連邦に属しても、ウクライナの民族文化の中心都市の一つとして、ロシア化への抵抗の牙城となっていたそうです。

 

キエフにある、モニュメントで、市を創ったとされる伝説上の創建者、「デレヴリャーネ(ドレヴリャーネ)族の女性クィーイと三人兄弟妹(シュテーク、ホルィーウ、ルィービヂ)の像」です。(固有名の表記はいろいろあります)

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女性クィーイの名前から付けられたのが、首都・キエフ(クィーイィウ)の市名の由来だということです。

 

 (1988) 「高層団地、プーシキンの像、ラスホテル」と、キエフ市内の風景写真が使われています。

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2017年12月 6日 (水)

Radio Kiev ベリカード (1)

かつてのソ連邦時代、ウクライナ共和国から放送していた、「Radio Kiev(ラジオ・キエフ)を聴いていただいた、ベリカード(その1)です。

 

英語放送を極東中継していましたので、良く聴こえていました。アメリカやカナダ向けなのは、多くの人々が過去に移民として渡って行っている、という理由からでは、と思ったりしました。

 

多くは、絵ハガキ利用のベリカードです。

 

 (1983)  市内を流れる、「ドニプロ(ドニエプル)川沿いの高層団地と、スラビッチホテルの夜景」のカードです。

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(1984) 「スポーツセンターと円形の中央競技場、ラスホテル()」で、サッカーが盛んなようで、地元のダイナモ・チームの試合風景写真も使われています。

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いずれも、大きい写真の部分から二つ折りになっている細長いカードで、折りたたんだ表面の画像です。

 

 (1985) 「馬に乗る女性像」です。石を彫って、色付けされていて、フォークアート博物館に所蔵されている古い作品のようです。

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キエフにある、「マリインスキー宮殿の写真」です。

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美しい建物で、ロシア女帝エリザヴェータの命令によって、1755年に建立されたそうです。1870年に改装された時、皇后マリア・アレクサンドロヴナを記念するために改名され、今は迎賓館になっているそうです。

 

 (1986) ヴェルホーヴナ・ラーダ(最高議会)と呼ばれている、「ウクライナの国会議事堂の写真」です。

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この議事堂の隣には、マリインスキー宮殿があるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年12月 5日 (火)

Radio Bulgaria   ベリカード (2)

「ラジオ・ブルガリア」からの、ベリカード(その2)です。

 

 (1996) ソフィアにある、「記念碑の写真」です。

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何なのかわかりませんが、上部に鐘が付けられていますので、戦勝か平和をテーマにしたものなのでしょうか。

 

ソフィアの南東約125kmの、プロブディフ(Plovdiv)にある、円柱が残っている「古代ローマ遺跡の写真」です。

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トラキア平原の中央に位置する第2の都市で、ローマ帝国の頃に大きく発展し、議事場や競技場が建設されていた様子がうかがえます。

 

ソフィアの南120kmにある、「リラ(Rila)の修道院の回廊」です。

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ブルガリア正教の総本山で、1833年の大火で焼失し、1862年に復旧されたそうです。白黒の横縞模様のアーチが特徴的で、世界遺産に登録されて有名になりました。

 

ブルガリア中部に位置する、ガブロヴォ (Gabrovo) の近郊にある、昔の村を再現したミュージアム・タウン、「エタラ建築民俗複合施設の風景」です。

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 18世紀後半~19世紀前半にかけての、建築や生活を紹介するため、金細工、皮革、刺繍などを行う職人住宅も再現されていて、1964年に開設されたブルガリアで初の野外博物館だそうです。

この頃に受信レポートを送ると、いただけた、ディプロマです。

 

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 (2011)    セオドア・ウシェフ(Theodor Ushev)さんが描いた「コラージュ画」です。7カ国語で局名が書かれています。

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ウシェフさんは、1968年生まれ、グラフィックアートを習得した後、雑誌のアートディレクターを歴任。現在は、アニメーション作家として国際映画祭で入賞するなど、活躍されているようです。

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 R.B.は、20121月末で短波放送を止めてしまいました。

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